2015年6月22日月曜日

【三門峡市 張村】ヤオトンと出会う

6/17から4日間、ネットから隔絶された生活を送っていた。

この4日間は、ヤオトン三昧であった。三門峡市郊外の2つの村で、ヤオトン住居に宿泊した。
そもそもこの4日間は三門峡に住むwenwen(僕の大学の中国人留学生の高校の友達)という初めて会う女の子にいろいろ手配してもらって実現している。一人では全くこんな郊外にまで来れるはずもなく、宿まで叔父のドライバーと共に送ってくれて色々交渉してくれたのである。感謝感謝である。
中国には「朋友的朋友也是朋友(友人の友人はまた友人)」という言葉があるが、そのままのことを彼女は言っていて、あらためて中国人すてきだなと思った。

今日は、その前半戦、「張村」という村でのヤオトン初体験の話。

まずはこの写真を。

地面?



おや?




地下に




暮らしが!


そう、ヤオトンは中国の黄土高原に分布する極めて特徴的な地下住居として有名である。ちょっと日本では信じられないけど、土を掘ってその中に住むのである。
黄土高原の分布はこんな感じ。

ここの河南省の最北端らへんにいきました。黄土高原の南端あたり。

黄土高原は黄河流域に分布しており、この黄土の有効成分が中国文明発祥の源にもなっているとかいう話である(栄養豊富な黄土が黄河に流されて肥沃な土地で農業が発達したらしい)。


それでこの張村という村はあらためてgoogle mapで見てみるとこんな劇的な感じなのであった。

すげえ。細胞だ。ヤオトン同士をつなぐ道も見える。


泊まった宿は、かつて誰かが住んでいたヤオトンをちょっときれいにし直して宿と文化施設みたいにしたところで、ちらほら見物客が来るような感じのところだった。宿の人たちは誰も英語を話せないので、次第に僕の中国語にも磨きがかかっていくというわけである。


こちらが部屋

僕の他にはだれも泊まっていなかった。

かつて動物のころ洞窟に住んでいた記憶がよみがえりそう


手始めに実測してみました。




この空間、聞いてはいたけど、ものすごく涼しい。外から入ってくると、おそらく5度近く違うんじゃないか。むしろちょっと寒かった。

ただ問題は湿気である。部屋の布団がジトっとしている…。空間の快適さを担保する生理的要素の中でも最も重要なのが「適切な湿度」だと思っている僕の目が光る。なんか、奥に行けば行くほど湿度が上がっていく。
まあ、そりゃあキレイにはなってるけど土の中なんだここは。



wenwenは「もうヤオトンに住んでる人なんていないわよ」と言っていたが、僕の穴に荷物を置いて村を歩き始めると、現役ヤオトニストがちらほら。ヤオトニストのほとんどは独居老人であった(中学生ぐらいの子が住んでるところも一カ所見た)。


僕は老人と仲良くなるのが人の10倍ぐらい得意なので、それを中国の農村でも実践してみたらあっけなく現役ヤオトンに訪問することに成功した。


①ハンカチばあさんのヤオトン

頭にハンカチをのせるばあさんのヤオトンを見た。

写真におさまらない

この家は、長方形の穴の3面に部屋が掘られていて、残りの一面には緑が生えてワイルドになっている。中庭には大きな木が生えている。深さは6mくらいで、大体どのヤオトンもこのくらいの深さが必要みたいだ。ずっと上から覗いていて、地上に出て座っていたハンカチばあさんに話しかけて、30分くらいスケッチを見せたりして「ヤオトン見たい」って言ってたら入れてくれた。

地下6mほどです

むきだしの黄土

わたしの家

なんか、同じ人間とは思えない自分との生活の差だ。本当に穴に住んでいる…。

内部初公開!

壁には新聞紙や紙が貼られていて、どうやら調湿効果があるみたいである。サイズは宿の自分の部屋とそう変わらない。実測しようとしたらここでメジャーが壊れてしまい、ハンカチばあさんはとても古いメジャーを僕にくれた。
毛沢東の写真も貼ってある。そしてなぜか自分の写真が遺影のように飾られている…(後に訪問したどの家でも自分の写真を飾っていた。そういう風習なんだと思う。)

遺影かと思ったらハンカチばあさんなのである。


ヤオトンは穴ごとに機能が違っていて、ベッド(「カン」という伝統的なもの。冬には薪をくべて暖かい床にする)がある部屋がメインに過ごす部屋で、調理のための穴や、物置や、物置や、物置。
そう、独居老人なのでほとんど使っていないのであった。かつては大家族がここで暮らしていたことだろう。

にこやか



たっぷりジロジロ見させてもらって、地上に上がったら老人の数が増えていた。僕が記念にあげた日本の5円玉をみんなでまわしてあーでもないこーでもないと延々大声で話している。95%くらい会話の内容はわからないけど、時々筆談したりして僕もその「ヤオトン集落老人定例会」に参加していた。参加者は僕を含めて10人。

僕「ここのヤオトンはどれくらい古いんですか」
爺「2千年

…今残っているものではなくヤオトン自体の歴史だと思うけど、2千年とは。


9老人のうち、さきのハンカチばあさんを含む2人だけが現役ヤオトニストだという。もう一人は100歳のおじいさん。さっそく「ウォーシャンチーニーダーファンズー(あなたの家に行きたい)」と言って、2穴目の訪問に成功した。(着実に中国語に磨きをかけています)


②100歳爺のヤオトン

こんな顔の100歳のじいさんの自宅を訪問。

これ書いてみんなに見せたら大爆笑


地上から見下げる

100年を生きた老人に案内される。


中庭のことを中国では院子という

中庭では家庭菜園をおこなっており、アンズや桃を食え食えとたくさん持ってこられたので食べた。冷えた揚げパンみたいなのももらって食べた。中庭にパラボラアンテナがあり、主室のテレビにつながっている。

雑にメモした平面図はこんな感じで、10部屋ある立派なヤオトンだった。

実測はしていないのでサイズ感はフィーリングです


部屋の内壁全面に新聞紙が貼ってある。

壁一面の新聞紙

お決まりの自分の写真


帰り際、じいさんにも5円玉をあげた。受け取ろうとしなかった。「記念だから」と言ってなんとか受け取らせた。いつまでも大事に左手に握っていた。



果物と揚げパンでちょっと腹がふくれつつ、100歳爺に礼を言って地上に上がると、まだ老人会の話題は尽きないようだった。とりあえず座れと言うので座る。

この日はもう時間も遅いので家の訪問はやめて、明日はヤオトンから地上に上がった人々の家(新房子(シーファンズー)。20年くらい前からできてほぼ例外なくレンガ造の小屋。)を見たいと言って会をあとにした。


それにしても老人たちは、通りすがっては「おお、元気かー」みたいに大声で会話が始まり、そこから会話が途切れることなくずーっと話している。
時に後ろから「だーれだっ」ていう少年少女みたいな遊び心も持っている。
彼らの毎日はとても幸せなんだと思った。

たぶん明日も明後日も、老人たちの話題は尽きないだろう。


僕も実際見るまでは、もうないんじゃないかと思っていたんだけど、ヤオトンがいまでも現役で使われていることがわかった。それでも、多くは廃墟になっていた。

打ち捨てられたヤオトンと、地上に建った住宅。次回は地上に建った住宅について検討してみます。(ヤオトンブログはもう一つの村を含め3記事ほど書きます)

(なかなか毎日忙しくて更新が滞っています)

2 件のコメント:

  1. 天井から地表まで三メートルもあるんですね。ヤオトンならではの風習とかあったらぜひ教えてください。(家の上を歩いてはいけないとか?)

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    1. たいかんくん

      家の上は歩いて大丈夫ですが、植物が生えると天井が崩落する原因になるので、ハゲた地表が必要ってのは面白かった。それであの劇的な、平坦地にポコポコ穴の開いた景色ができるんだね(後日ここらへん書きます)。

      あと、この張村のヤオトンは、地下ですべての住居がつながっているらしい。と、宿の可愛い娘さん(子持ち,8ヶ月)が言っていたけど、すごくない?
      昔、碑族(?)とかなんとかいう海賊の陸verみたいなやつらが襲ってくるので地下でつなげといて逃げたとか、本で読んだ。

      あとカンっていうベッドの脇にカマドがあるのが伝統で、調理の熱を暖房としてベッドの下に送り込んで暖をとってたり。
      とりあえずそんなところで。

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