場所は、同じく三門峡市郊外の、位家溝村である。
□位家溝村はどんなところか
僕がなぜこの村を知ったかというと、『中国大陸建築紀行』という本の中で紹介されていたこの航空写真を見てビビったからである。
あまりにも劇的な航空写真
この、等高線(段丘)に沿った横穴式ヤオトン。是非行きたいと思って事前に留学生の友達に伝えておいたら、これまたwenwenの活躍によって1泊2日での訪問に成功した。
googleの航空写真でもわかる通り、ここは黄河の近くに位置している。
赤いポイントが位家溝村のあたり。黄河がすぐそばを流れているのがわかる。
かつて黄河の支流がここを流れていたのであろう。河の作用によってできた段丘がダンダンと連なって、それらに沿って住宅と農地(ダンダン畑)の土地利用が今も続いている集落ということがわかった。大変わかりやすい。
河岸段丘と言ってよいのだろうか。そこは専門ではないので正確なでき方などはここには書けないが、河岸段丘は河の浸食作用と地形の隆起などが繰り返し起きてできるらしい。
黄河支流がかつて流れていたことがすぐわかる。
段丘のスケッチを描いてみると、段丘の高さが低いところは農地に、高いところは横穴式ヤオトンが掘られるのだということもわかった。
段丘のスケッチ
集落の簡単な断面図を書くとこんな感じであろうか。
何年にもわたって削られつくられたダンダン。崖が高ければヤオトンが掘れる。
最も家が密集する中心部分。三段くらいの段丘がこの村の主な居住範囲になっており、あとはダンダン畑。はっきりした土地利用。まるでユートピアである。
着いて宿を探すも、特に観光地になってたりするところではないので宿がない。
僕は集落の男たちの仕事場(なんか村の色々を決めるところと推測する)の一室に泊まらせてもらえることになった(それも横穴式のヤオトン)。
一泊分の値段を聞くと、「人が来るような場所じゃないから、お金はいらない」と言われ、一泊と3食を無料で提供してもらえることに。なんという待遇。
食事の時間になると「おぉーい、メシだぞー!」と呼ばれ、村のお母さんみたいな人が作ったメシをありがたく食らったのであった。幸せでした。
※2日目に食べた秘伝のタレみたいのにあたってその後三門峡市のホテルでめっちゃ吐きました。
さてこの村には「樹齢千年の木」というみんなの大切にする木があって、それが結構良い場所に生えている。つまり聞くところによれば、この村は千年以上続いているのである。最初に僕を案内してくれたひょうきんな男は二千年と言っていたが。
いずれにせよ、この村が長く続いている秘訣は何だろうか。
村より高いところに千年の木。この木をネタにここを観光地化しようと周囲の開発がはじまっているが、残念ながら計画案がかなり雑でひどかった。
また航空写真でも確認できる、岬状になった先端に道教のお寺があり、こちらもかなり古いとのこと。(ひょうきん男はここでも二千年と言っていたがそれはあやしいぞ)
大事な場所はいつもわかりやすいものである
寺の内部は、ヤオトンの技術を応用していた。このようなものを地上式ヤオトンと呼ぶらしい。しかし道教ってのはよく知らなかったけど神様の像がカラフルでちょっと気持ち悪かった。教えとしては、山や川にそれぞれ神様がいるっていう感じで日本の神道に似ている。日本には直接は入ってきてないらしいが、方角による吉凶とかは道教の影響らしい。
ヤオトンのヴォールト天井と少し気持ち悪い神像。
仕事は農業中心で、ちょうど収穫した小麦を干す季節だったので、なかなか面白い光景が見られた。
庭に小麦を干している
□横穴式ヤオトン
この村でもいくつかの家に訪問することができた。
とりあえず適当に歩いてて、家を覗いたり絵を描いたりしてると興味を持たれるので、ここですかさず「あなたの家はどこ?見せて!」と言うのである。中国の農村でのこの流れも、もう手慣れたものである。
横穴式ヤオトンといっても基本的には下沈式と同じようなもので、もともと存在する「崖」(河岸段丘で言うところの段丘崖)を掘っていく、という実に原始的で、地形に規定された住居である。文献によれば横穴式がヤオトンの一番初期の形態で、良い崖を掘り尽くした人々が平地にヤオトンをつくろうとしたのが、あの奇妙な下沈式というわけである。
■良い立地の老夫婦の家
厳密な村の範囲はよくわからなかったのだが、僕の泊まったところから谷をはさんで向かい(違う村という説もある)に、かなり良い立地に屋敷を構える家を発見し、そこを訪問した。
谷をはさんで向こうに見えるおおきな屋敷。
構造:横穴式ヤオトン、1階建て×6穴
家族構成:老夫婦
築年:元々は不明だが1985年にリノベーション(修建)。
こちらはL字型に横穴式を堀り、庭を塀で囲んで敷地を構成している。こちらの崖面は東と南に向かっているので採光は良好である。もともとこういう形であった崖を利用している。
手前が訪問した家、塀を挟んで隣にも他の人の敷地がある。
ファサードは黄土むき出しのままでは雨に弱いので、石やペンキで作り替えられ、さらに鉄筋コンクリートでひさしを付け加えて、なかなかきちんとリノベーションしている。この石はどこの石かと聞けば、「向こうの山からとってきた」と言ってじいさんは対岸の山を指差す。
これで雨にも負けない
以下が配置平面図。
配置平面図。はっきりと実測はできていない。
南向きで、庭では家庭菜園をしていてきれいに手入れされた家である。
この崖面にはでかい家が多く、もしかしたらこの地に来た初期の人々が占有した地かもしれないと思った。しかし、現在集落の中心となっているのは僕の泊まった対岸の方である。たぶん、そちらの方がヤオトンをつくれる高さの崖面が多いのだろう(断面ダイアグラム参照)。上には国道(と思われる大きい道路)も通っているし。
こちらがじいさんがメインに過ごす部屋。
正面
内部は白いしっくい塗り
さて部屋はとくに下沈式と変わったところはないが、土の中とはいえ入り口が地上に面していて風通しも良いので、幾分湿気が少ない気がする。そして張村で見たヤオトンより奥行きがあるのは、この湿気の少なさのためでもあるだろうか。
老夫婦の2人暮らしなので、6部屋中2部屋は物置、1部屋は使っていない穴になっていた。
住み手の年齢的に存続が怪しいものの、RCで補強、中庭にコンクリート打つなど現代の生活に適応しながら使い続けているので好感を持った。
■家畜と住む家
対して集落の中心部、案内してくれたひょうきん男が「老ヤオトン(古いヤオトン)!」と指差した先にあったのは、確かになかなか古そうである。
中から元気なおばさんが「おいおいおい、今なんて言った??」みたいに言いながら出てきた。
構造:横穴式ヤオトン(使っているのは4穴)、RC造の新家屋
家族構成:おばあさん、息子家族4人、アヒル1匹、ニワトリ21匹、子犬1匹、牛1頭
築年:不明。ヤオトンは相当古いとのこと。新家屋はここ15年くらいに建てられたと思われる。
横穴式ヤオトンと、地上の新家屋。
この家では、古いヤオトンと、新しいRC造の小屋を両方使って住んでいる。ヤオトンには主におばあさんが住み、息子家族は小屋の方に住んでいる。
ヤオトンを覗き込むとおばあさんの他に、牛も住んでいた。
牛を引くたくましい女である
こちらが配置平面図。
手前に道がある。ヤオトンと地上家屋でL字に庭を囲む。
ばあさんの部屋は奥行き12mで、こちらも張村の下沈式よりずいぶん長かった。黄土むき出しなので若干天井が崩れていた。よくこんなとこに住めるてるなと思った。
天井が崩れても住む。
息子夫婦の家は新しい。寝室が4つ、居間が1つ。さらにばあさんはここで商店もやっている。
息子家族の家屋のあっさりとした居間
庭にはアヒルやニワトリがいる。子犬が僕の足に絡み付いてくる。
自由な家畜たち
僕がこの村で驚いたのは、張村とは違って多くのヤオトン住居が捨てられずに使われていることである。
「家畜と住む家」と同じように、横穴式ヤオトンの前の中庭を囲んで塀で囲い、中に新たな小屋を建ててどちらも利用している家が多かった。
ヤオトンの掘られた崖の上から撮っている。ヤオトン+地上の小屋で台形の中庭をつくる。
高い黄土層に堀ったヤオトン、その目の前に小屋。
こちらも新旧が共存して使われる。
ヤオトンに向かい合うように小屋を建て、その間を中庭にする。
この古い横穴式ヤオトン-新しい小屋の関係を断面ダイアグラムで書いてみる。
位家溝村断面ダイアグラム(詳細)
こんな感じになる。
ヤオトン-地上家屋-塀-門までが屋敷のセットになり、その前に道が通り、そこから下の段丘にまたセットが続く。この3段くらいがいまの位家溝村の集落構造のパターンである。
横穴式ヤオトンは現在も地上家屋と併用して使用することができるのである。
□「古きを利用し新しきも建てる」ということ
これまで下沈式ヤオトンの村・張村と横穴式ヤオトンの村・位家溝村を見てきた。前者のヤオトンは現在では大半が打ち捨てられ、元の土地に戻すこともできず、張村の多くの人々はそのすき間、もしくは集落外に地上家屋を建てて住んでいた。
一方で位家溝村のヤオトンは、その前面に地上家屋を建てて元のヤオトンと併用することで現代的な快適さを手に入れつつ、ヤオトンを住居・物置・家畜小屋などとして積極的に活用して暮らしていた。
この違いは、下沈式と横穴式の「現代適応性」の違いによるものと思われた。
つまり横穴式は、本来使わない崖面に穴を掘ってつくることによって、地上家屋の建設を邪魔しないばかりか、地下ではないため地上家屋との共存ができる。ヤオトン居住者が求めた現代的な生活(風通しや採光)の一面を獲得しつつ、ヤオトンを利用し続けることができるのであった。
しかし下沈式は、横穴式を掘るための崖がなくなったので平地の地下を堀ってつくるという形態である。その工夫はもちろん賞賛に値するし、景観的にも面白いものになっているのだが、本来その成り立ちから若干アクロバティックな(無理がある)方法のため、現代的な地上家屋との共存が難しいのではないか。現代生活には適していないのでその保存となると冷凍保存的なものになってしまいがちである。
このように横穴式ヤオトンは下沈式ヤオトンに比べ現代適応性が高く、まだまだ人々に使われそうだという結論に至った。ここにプリミティブな方法の強さを見る。
下沈式は、いずれ自然に還っていくのだと思う。
「家畜と住む家」スケッチ
この「家畜と住む家」が、古きヤオトンと新しき地上家屋の共存する世界を大変わかりやすく示している。
「古きを利用し、新しきも建てる」ことができるのが、豊かな村の秘訣かもしれない。
今回で長きにわたって書いてきたヤオトン記事が終了です。
現在香港の知人宅で断食によって慢性的下痢を治療しようと奮闘中なので溜まったブログを更新していきたいと思います。
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