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2015年7月12日日曜日

【三門峡市 位家溝村】横穴式ヤオトン集落 -古きを利用し、新しきも建てる-

長きにわたって下沈式ヤオトン集落・張村について書いてきたけれど、今回はもう一つのタイプである横穴式ヤオトンが広がる集落について書こう。
場所は、同じく三門峡市郊外の、位家溝村である。


□位家溝村はどんなところか


僕がなぜこの村を知ったかというと、『中国大陸建築紀行』という本の中で紹介されていたこの航空写真を見てビビったからである。

あまりにも劇的な航空写真


この、等高線(段丘)に沿った横穴式ヤオトン。是非行きたいと思って事前に留学生の友達に伝えておいたら、これまたwenwenの活躍によって1泊2日での訪問に成功した。

googleの航空写真でもわかる通り、ここは黄河の近くに位置している。

赤いポイントが位家溝村のあたり。黄河がすぐそばを流れているのがわかる。


かつて黄河の支流がここを流れていたのであろう。河の作用によってできた段丘がダンダンと連なって、それらに沿って住宅と農地(ダンダン畑)の土地利用が今も続いている集落ということがわかった。大変わかりやすい。
河岸段丘と言ってよいのだろうか。そこは専門ではないので正確なでき方などはここには書けないが、河岸段丘は河の浸食作用と地形の隆起などが繰り返し起きてできるらしい。


黄河支流がかつて流れていたことがすぐわかる。

段丘のスケッチを描いてみると、段丘の高さが低いところは農地に、高いところは横穴式ヤオトンが掘られるのだということもわかった。

段丘のスケッチ

集落の簡単な断面図を書くとこんな感じであろうか。

何年にもわたって削られつくられたダンダン。崖が高ければヤオトンが掘れる。


最も家が密集する中心部分。三段くらいの段丘がこの村の主な居住範囲になっており、あとはダンダン畑。はっきりした土地利用。まるでユートピアである。


着いて宿を探すも、特に観光地になってたりするところではないので宿がない。
僕は集落の男たちの仕事場(なんか村の色々を決めるところと推測する)の一室に泊まらせてもらえることになった(それも横穴式のヤオトン)。
一泊分の値段を聞くと、「人が来るような場所じゃないから、お金はいらない」と言われ、一泊と3食を無料で提供してもらえることに。なんという待遇。
食事の時間になると「おぉーい、メシだぞー!」と呼ばれ、村のお母さんみたいな人が作ったメシをありがたく食らったのであった。幸せでした。
※2日目に食べた秘伝のタレみたいのにあたってその後三門峡市のホテルでめっちゃ吐きました。


さてこの村には「樹齢千年の木」というみんなの大切にする木があって、それが結構良い場所に生えている。つまり聞くところによれば、この村は千年以上続いているのである。最初に僕を案内してくれたひょうきんな男は二千年と言っていたが。
いずれにせよ、この村が長く続いている秘訣は何だろうか。

村より高いところに千年の木。この木をネタにここを観光地化しようと周囲の開発がはじまっているが、残念ながら計画案がかなり雑でひどかった。


また航空写真でも確認できる、岬状になった先端に道教のお寺があり、こちらもかなり古いとのこと。(ひょうきん男はここでも二千年と言っていたがそれはあやしいぞ)

大事な場所はいつもわかりやすいものである


寺の内部は、ヤオトンの技術を応用していた。このようなものを地上式ヤオトンと呼ぶらしい。しかし道教ってのはよく知らなかったけど神様の像がカラフルでちょっと気持ち悪かった。教えとしては、山や川にそれぞれ神様がいるっていう感じで日本の神道に似ている。日本には直接は入ってきてないらしいが、方角による吉凶とかは道教の影響らしい。

ヤオトンのヴォールト天井と少し気持ち悪い神像。


仕事は農業中心で、ちょうど収穫した小麦を干す季節だったので、なかなか面白い光景が見られた。

庭に小麦を干している



□横穴式ヤオトン


この村でもいくつかの家に訪問することができた。
とりあえず適当に歩いてて、家を覗いたり絵を描いたりしてると興味を持たれるので、ここですかさず「あなたの家はどこ?見せて!」と言うのである。中国の農村でのこの流れも、もう手慣れたものである。

横穴式ヤオトンといっても基本的には下沈式と同じようなもので、もともと存在する「崖」(河岸段丘で言うところの段丘崖)を掘っていく、という実に原始的で、地形に規定された住居である。文献によれば横穴式がヤオトンの一番初期の形態で、良い崖を掘り尽くした人々が平地にヤオトンをつくろうとしたのが、あの奇妙な下沈式というわけである。

■良い立地の老夫婦の家


厳密な村の範囲はよくわからなかったのだが、僕の泊まったところから谷をはさんで向かい(違う村という説もある)に、かなり良い立地に屋敷を構える家を発見し、そこを訪問した。

谷をはさんで向こうに見えるおおきな屋敷。

構造:横穴式ヤオトン、1階建て×6穴
家族構成:老夫婦
築年:元々は不明だが1985年にリノベーション(修建)。

こちらはL字型に横穴式を堀り、庭を塀で囲んで敷地を構成している。こちらの崖面は東と南に向かっているので採光は良好である。もともとこういう形であった崖を利用している。

手前が訪問した家、塀を挟んで隣にも他の人の敷地がある。



ファサードは黄土むき出しのままでは雨に弱いので、石やペンキで作り替えられ、さらに鉄筋コンクリートでひさしを付け加えて、なかなかきちんとリノベーションしている。この石はどこの石かと聞けば、「向こうの山からとってきた」と言ってじいさんは対岸の山を指差す。

これで雨にも負けない


以下が配置平面図。

配置平面図。はっきりと実測はできていない。


南向きで、庭では家庭菜園をしていてきれいに手入れされた家である。
この崖面にはでかい家が多く、もしかしたらこの地に来た初期の人々が占有した地かもしれないと思った。しかし、現在集落の中心となっているのは僕の泊まった対岸の方である。たぶん、そちらの方がヤオトンをつくれる高さの崖面が多いのだろう(断面ダイアグラム参照)。上には国道(と思われる大きい道路)も通っているし。

こちらがじいさんがメインに過ごす部屋。

正面

内部は白いしっくい塗り


さて部屋はとくに下沈式と変わったところはないが、土の中とはいえ入り口が地上に面していて風通しも良いので、幾分湿気が少ない気がする。そして張村で見たヤオトンより奥行きがあるのは、この湿気の少なさのためでもあるだろうか。
老夫婦の2人暮らしなので、6部屋中2部屋は物置、1部屋は使っていない穴になっていた。
住み手の年齢的に存続が怪しいものの、RCで補強、中庭にコンクリート打つなど現代の生活に適応しながら使い続けているので好感を持った。


■家畜と住む家


対して集落の中心部、案内してくれたひょうきん男が「老ヤオトン(古いヤオトン)!」と指差した先にあったのは、確かになかなか古そうである。
中から元気なおばさんが「おいおいおい、今なんて言った??」みたいに言いながら出てきた。

構造:横穴式ヤオトン(使っているのは4穴)、RC造の新家屋
家族構成:おばあさん、息子家族4人、アヒル1匹、ニワトリ21匹、子犬1匹、牛1頭
築年:不明。ヤオトンは相当古いとのこと。新家屋はここ15年くらいに建てられたと思われる。

横穴式ヤオトンと、地上の新家屋。


この家では、古いヤオトンと、新しいRC造の小屋を両方使って住んでいる。ヤオトンには主におばあさんが住み、息子家族は小屋の方に住んでいる。
ヤオトンを覗き込むとおばあさんの他に、牛も住んでいた。

牛を引くたくましい女である


こちらが配置平面図。

手前に道がある。ヤオトンと地上家屋でL字に庭を囲む。


ばあさんの部屋は奥行き12mで、こちらも張村の下沈式よりずいぶん長かった。黄土むき出しなので若干天井が崩れていた。よくこんなとこに住めるてるなと思った。

天井が崩れても住む。


息子夫婦の家は新しい。寝室が4つ、居間が1つ。さらにばあさんはここで商店もやっている。

息子家族の家屋のあっさりとした居間


庭にはアヒルやニワトリがいる。子犬が僕の足に絡み付いてくる。

自由な家畜たち



僕がこの村で驚いたのは、張村とは違って多くのヤオトン住居が捨てられずに使われていることである。
「家畜と住む家」と同じように、横穴式ヤオトンの前の中庭を囲んで塀で囲い、中に新たな小屋を建ててどちらも利用している家が多かった。

ヤオトンの掘られた崖の上から撮っている。ヤオトン+地上の小屋で台形の中庭をつくる。


高い黄土層に堀ったヤオトン、その目の前に小屋。


こちらも新旧が共存して使われる。


ヤオトンに向かい合うように小屋を建て、その間を中庭にする。




この古い横穴式ヤオトン-新しい小屋の関係を断面ダイアグラムで書いてみる。

位家溝村断面ダイアグラム(詳細)

こんな感じになる。
ヤオトン-地上家屋-塀-門までが屋敷のセットになり、その前に道が通り、そこから下の段丘にまたセットが続く。この3段くらいがいまの位家溝村の集落構造のパターンである。
横穴式ヤオトンは現在も地上家屋と併用して使用することができるのである。




□「古きを利用し新しきも建てる」ということ


これまで下沈式ヤオトンの村・張村と横穴式ヤオトンの村・位家溝村を見てきた。前者のヤオトンは現在では大半が打ち捨てられ、元の土地に戻すこともできず、張村の多くの人々はそのすき間、もしくは集落外に地上家屋を建てて住んでいた。

一方で位家溝村のヤオトンは、その前面に地上家屋を建てて元のヤオトンと併用することで現代的な快適さを手に入れつつ、ヤオトンを住居・物置・家畜小屋などとして積極的に活用して暮らしていた。

この違いは、下沈式と横穴式の「現代適応性」の違いによるものと思われた。
つまり横穴式は、本来使わない崖面に穴を掘ってつくることによって、地上家屋の建設を邪魔しないばかりか、地下ではないため地上家屋との共存ができる。ヤオトン居住者が求めた現代的な生活(風通しや採光)の一面を獲得しつつ、ヤオトンを利用し続けることができるのであった。

しかし下沈式は、横穴式を掘るための崖がなくなったので平地の地下を堀ってつくるという形態である。その工夫はもちろん賞賛に値するし、景観的にも面白いものになっているのだが、本来その成り立ちから若干アクロバティックな(無理がある)方法のため、現代的な地上家屋との共存が難しいのではないか。現代生活には適していないのでその保存となると冷凍保存的なものになってしまいがちである。

このように横穴式ヤオトンは下沈式ヤオトンに比べ現代適応性が高く、まだまだ人々に使われそうだという結論に至った。ここにプリミティブな方法の強さを見る。
下沈式は、いずれ自然に還っていくのだと思う。

「家畜と住む家」スケッチ


この「家畜と住む家」が、古きヤオトンと新しき地上家屋の共存する世界を大変わかりやすく示している。

「古きを利用し、新しきも建てる」ことができるのが、豊かな村の秘訣かもしれない。



今回で長きにわたって書いてきたヤオトン記事が終了です。
現在香港の知人宅で断食によって慢性的下痢を治療しようと奮闘中なので溜まったブログを更新していきたいと思います。

2015年7月11日土曜日

【三門峡市 張村】地上に上がった人々の家(まとめ編)

本日、香港にきました。昨日まで新疆ウイグル自治区にいて、ネット規制によりまったくブログの更新ができなかった。ちゃんと生きています(しかし慢性的におなかを下している)。
ブログに書くべきことがいくつも溜まってしまっているので、早速更新していきたい。


3回にわたってしまった下沈式ヤオトン集落の新房子、地上に上がった人々の家の話、そろそろまとめましょう。

□地上に上がった人々の家は


●集落外はRC造・レンガ造(あまりみてないけど)、集落内はヤオトンのすき間にレンガ造が多い。

基本的に中国の田舎はどこも、レンガ造が多いですが、それはコンクリートを作るときの型枠が必要ないこと、プロでなくても積めること、レンガはどこでもつくれること(特にここらへんは粘土などレンガの材料は無尽蔵だと考えられる)がその要因であろうと考えられる。
さらに、集落内はヤオトンがあって、2つ前のブログで触れたようにヤオトンのある場所は土地が使えないので、集合住宅のような大きい家は建ちにくい。つまり小さな小屋が多く、それらはコンクリートよりレンガでやったほうが手っ取り早いのかもしれない。


●新たな住居の小屋は、1スパンが3200mm前後のものが多い。

基本的に長方形の部屋を横に連ねていくタイプが多い。
これは、実際に中を見ていない家でも、大体予想できる。
また、外から大体の大きさをみても、同じようなモジュールで建っているものが多かった。





さらに偶然実測したトイレも幅が3300mmと、ほぼこのモジュールに則っていた。

公衆便所平面図


そして僕も驚いたのだけど、張村にはキリスト教徒が多く、訪問した人々も多くがキリスト教徒であったのだが、村の中にある教会も住宅と同じスケールを連ねて建てられているものであった。

教会

側面から見た教会(住居と変わらぬ見た目)

教会の内部を窓から覗いた写真

教会の平面図

発言力のあるリーダーの小屋に貼られたキリスト教のポスター。みんなこういうの貼っていた。

しかしこの3200mm前後というものがどのように決定しているかはこの短期間ではつかめずに終わった。


●下沈式ヤオトンと直接の関係はあまり見られなかったものの、インテリアにいくつかのヤオトニズムが生きていた

かつてヤオトンの中では、冬のベッドを暖めるためにかまどがベッドに併設されていた。このような寝室と調理場の共存は、ヤオトンから地上に上がっても見ることができた。スペースの少なさもあるとは思うが、当然のようにベッドの横に野菜を切ったり麺を打ち、そして茹でられるスペースがあるというのは少し変わっているように思える。

ベッドの足下で食材を切り、調理する(昼下がりの夫人の家)

またヤオトンで見られた、入り口はいってすぐのところにある棚(机)や、その上に自分の写真を飾る風習も生きていた。
発言力のあるリーダーの家では、地上に上がって湿気とオサラバしたはずなのに新聞紙を壁全面に貼り続けていたし、ヤオトン時代のベッド「カン」も引き続き利用しているようであった。



このように、張村のヤオトンから地上に上がった人々の家は、たんに中国のどこでも見られるレンガ造りの家に変わったように見えるが、その中には下沈式ヤオトン集落ならではの立地条件、さらに謎の3200モジュール、ヤオトン時代の名残などいくつかの特徴を(見た限りであって厳密ではないが)持っていたのであった。


簡単ですがこんな感じで。次回はもう一つの横穴式ヤオトンの集落、ユートピアのような村が登場です。

2015年6月28日日曜日

【三門峡市 張村】地上に上がった人々の家(訪問編)

さておなじみヤオトン集落・張村の新房子訪問編である。

僕が期待したのは、地上に上がった人々の家がそのつくりにおいてヤオトンとなんらかの連続性を持っていることだった。


前回のブログで、下沈式ヤオトン集落がヤオトンを捨てると外に新たな住居群が広がっていくことを発見した。
まず外側に広がって建てられたこの住居であるが、これはほとんどがRC造の集合住宅(5,6軒がひとつになっている)となっていた。

緑色のここで...

こういう感じで暮らしているのである

人の3倍声の大きいこのばあさんは僕にアンズを差し出し、食わせた。その後延々とくるみを割っては僕に食わせ、割っては食わせ、自分も食い、もういらないと言っても割り続けたのであった。

正直、このRC造の新房子はあまり面白いものではなかったなあ。
あと、ここに住んでいた35歳くらいの女の人が僕をみて不気味にずっと笑い続けたのが結構本格的に怖かったので早めに退散してしまったのであった...。



そんで、集落外に広がったこれら住宅に見切りをつけ、ヤオトンのすき間に建てられた新房子を見に行くことに。

□昼下がりの夫人の家


ヤオトンの目の前に建つ、比較的新しそうな家である。
築年数:不明(10年も経ってないと思われる)
規模:平屋
構造:レンガ積み
屋根:オレンジ瓦
物置小屋が付属。


何ともかわいらしいコンパクトな家。

かつての家(今は使わないらしい)と、新房子。

この家は、いくつか雑な図面も書いた。

配置図

ふたつのヤオトンが家の前にある。

平面図。
一人で測るので結構大変。なのでわりとアバウト。ちなみにこの時はハンカチばあさんのぼろぼろメジャーしか持ってないので足とかで測ったり。「何年前建筑?」とかは筆談。通じなかったのでわからず。


3つの部屋で構成される南向きの住宅である。一つは横にくっつく倉庫で、実質生活は2部屋で行う。非常に小さい。
玄関を入ると昼下がりの夫人がTVを見ているのであった。

入っていきなりベッド2。

壁厚は約380mmと分厚く、部屋の幅は同じで約3200mmであった。
隣の部屋にもベッドがあるが、基本的には調理場になっていた。

バラバラと調理器具がおかれる

かつてカンというベッドを暖めるためにヤオトンではかまどがベッドの横に設置されていたが、現在では木製ベッドなので、排煙は直接外へ。
でもベッドのすぐ近くに調理場がある。この、平気で調理場と寝室が共存できてしまうところにヤオトニズムが残っていたりするのだろうか。

煮炊きの排煙は、カン(ベッド)を暖めることはなくなった。

なのでこうして窓から外に捨てている。この家に煙突はない。


とにかく「寝る」「食べる」でほぼ内容が終わっているシンプルなこの家。

しかしあとから見たどの家も、ベッドと調理場は絶対的に大事にされている感じがした。
ここではその中での昼下がりのTVが、唯一の娯楽として印象的であった。


南側立面図


家に直接くっつく黄土塀。
黄土は粘土質なので、このように容易に塀も作れるが、雨で崩れやすい。


西側立面図

東側立面図

この家で特におっ、と思ったのは、東側立面図。
実は後ろの土地が下がっていて、その分かさ上げされているのだが、むき出しの黄土が現れたのである。

黄土むき出しの部分。中身も全部黄土なのかどうかはわからないがレンガもちょっと見えていたので、レンガのまわりを黄土で固めて土台としているのか。よくわからん。


黄土高原っていうのが死んでないな、と思った。まだまだ黄土は使えるのである。
近代的な生活になっても、土地(ここでは黄土)からは離れられないところが面白い。


□発言力のあるリーダーの家


もう一軒詳しく見せてくれたのが、張村老人会のリーダー的な位置と僕が勝手に思っていた、発言力のありそうなおばさんの家である。

2つの建物を使って一人で住んでいる。

配置図。ワンルームの主室と、横に長い住宅を4スパン分使って住む。家は塀に囲まれている。


●主室
築年数:2年(2013年に息子による自力建設)
規模:平屋
構造:レンガ積み
屋根:木造の屋根組にトタンと思われる


小さい...

主室は2013年に息子が建てたという。レンガ積み、レンガむき出しの小さなワンルームである。ここで主に過ごすという。とても清潔に暮らしている。

正面。ここも煙突が窓から飛び出る。


平面図。名前は劉達玉さんという。20年前までヤオトンにいた。

短手のスパンは外-外で3200mmであった。前の"昼下がりの家"と近い。
しかし壁厚は180mmと薄い。

ここのベッドは、ヤオトンで使っていたものと同じ「カン」であった。冬場は小屋の外から薪をくべて暖かくなるようになっている。ヤオトン時代の知恵が生きている。

ヤオトン時代には得られなかった明るさ

カンの足下。床はきれいにレンガを敷いている。


内部は、新聞紙がたくさん貼ってある。ヤオトンは、湿気が強いから新聞紙を貼っていたのだけれど、この地上の家でもなぜか貼っている。この方が落ち着くのかもしれない。

入り口を見る。新聞紙すごい。まな板兼麺打ち台みたいなの。右手に見える机兼たんすは、ヤオトンで見たのとおなじデザイン。ヤオトンから持ってきたと思われる。

ここでばあさんは、僕にスイカを食えと差し出す。しかしその量が...


直径35cmくらいのスイカを半分なのであった。ちょっと多すぎたがかなりうまかった。



●別棟
もう一つの建物。こちらの方が古いと思われるが、築年数はわからなかった。

築年数:不明。ヤオトンから上がった20年前か?
規模:平屋
構造:レンガ積み
屋根:木造小屋組切妻屋根。
細長い建物の4スパン分をこのばあさんが所有している。他のスパンは隣の人が持っている。たしか全部で6スパン。

正面。これが連続する。結構でかい。外には予備のレンガが積んである。

平面図

4スパンの内訳は倉庫-倉庫-物置&物置-居室であった。元はここだけで暮らしていたのだろう。かなりスペースを持て余している。
こちらもスパンは約3200mm(内のりだけど)、壁厚180mm。

自分の写真

ヤオトンで見た、机に自分の写真を飾る風習が生きていた。新聞紙も、もちろん貼りまくる。

倉庫の中。小屋組が見える。

また、ばあさんには悪いがこの建物と塀の間の奥に位置するトイレを公開しておく。

奥がトイレ。

黄土による塀と、レンガ壁に挟まれた、なんだか激しい空間。

この家は家庭菜園(トウモロコシなど)もやっていて、非常にきれいに生活しているなあと思った。



今回は訪問編ということでこのくらいに。次回でちょっとまとめます。